リスボン大震災

リスボン大震災
リスボン大震災

1755年11月1日にイベリア半島西南沖にM8.7の地震が発生。死者数約9万人。建築物の約85パーセントが失われる。地震後、津波と火災によってリスボンの町は灰燼に帰したという。震災によって18世紀後半の啓蒙時代にあった西ヨーロッパは大きな思想的な影響を与え、弁神論と崇高論の発展を促す。カント「美と崇高の感情に関する観察」、ヴォルテール「カンディード」など。

 

弁神論とは、世界における悪の存在が、世界の創造者である全能な神の善性と矛盾するものではないことを弁明しようとする神の弁護論。ライプニッツが初めて用いた語で、著書「弁神論」において体系的に論じた。神義論。

 

崇高(すうこう)とは美的範疇であり、巨大なもの、勇壮なものに対したとき対象に対して抱く感情また心的イメージをいう美学上の概念である。計算、測定、模倣の不可能な、何にも比較できない偉大さを指し、自然やその広大さについていわれることが多い。巨大な自然災害である1755年リスボン地震も、自然の恐ろしさをヨーロッパの精神に刻み、崇高の概念を発達させた。その後はむしろ崇高を美の一種とみなす傾向がある。

 

ヴォルテールの『カンディード』は、《慈悲深い神が監督する我々の「最善の可能世界」(le meilleur des mondes possibles)では、「すべての出来事は最善」である》という楽天主義を痛烈に攻撃している。リスボンの悲劇は、ヴォルテールに楽観論への反証を与えるものだった。テオドール・アドルノは「リスボン地震はライプニッツの弁神論(慈悲深い神の存在と悪や苦痛の存在は矛盾しない、という議論)からヴォルテールを救いだした」と述べている。ヴォルテールは、災害によってリスボンが破壊され、10万もの人命が奪われたのだから、神(創造主)が慈悲深いわけがないと主張した。

 

ジャン=ジャック・ルソーもこの地震による被害から衝撃を受けた一人であり、その被害の深刻さはあまりにも多くの人々が都市の小さな一角に住んでいることから起こったものだとした。ルソーはこの地震による人災を、都市に反対し、より自然な生活様式を求める議論に引用した。


wiki参照
桑島秀樹 『崇高の美学』 講談社

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