ヴォルテール『カンディード或は楽天主義説』

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ヴォルテール
ヴォルテール
1759年に発表されたフランスの啓蒙思想家ヴォルテールによるピカレスク小説である。

冷笑的な視点の下に、天真爛漫な主人公カンディードを紹介する以下の格言が冒頭で述べられる。

「この最善なる可能世界においては、あらゆる物事はみな最善である(最善説)」

そしてあらゆる不幸が襲いかかる一連の冒険を通じて、主人公カンディードが縋りつくこの格言は劇的に論駁される。

この作品はゴットフリート・ライプニッツ哲学を風刺した小説であり、18世紀の世界に存在した恐怖を陳列した小説でもある。この小説でライプニッツ哲学は、カンディードの家庭教師である哲学者パングロスによって象徴される。物語の中で繰り返される不幸や災難にも関わらず、パングロスは「tout est au mieux(すべての出来事は最善)」であり、「自分は le meilleur des mondes possibles (最善の可能世界)において生活している」と主張し続ける。

本作でカンディードとパングロスがリスボンで遭遇する大地震の場面は、1755年11月1日に発生したリスボン大地震に基づいている。この惨事に衝撃を受けたヴォルテールは、ライプニッツの楽天主義に疑問を抱き、それが本作の執筆につながった。

ヴォルテールは論争の的となった『カンディード』が自作である事を公には認めず、この作品は「ラルフ

博士(Monsieur le docteur Ralph)」の署名を記されて、匿名で発表された。

(wikiより)
あらゆる災厄が襲いかかるカンディードは楽天主義と訣別せざるを得ないことを自覚する。「楽天主義とは、どんな悲惨な目に遭おうとも、この世の全ては善であると、気の触れたように言い張ることなのだ!」
  
(僧) 「余計なことに首を突っ込んではならぬ それはお前に何の関わりがあろうか」
(パングロス) 「この世にはひどく悪がはびこっています。」
(僧) 「悪が存在しようと善が存在しようと、どうでもよいではないか。」
(パングロス) 「では、どうすべきなのでしょう」
(僧) 「沈黙することだ」(p.454)
「私の土地はわずか二十アルパンにすぎません」と、トルコ人は答えた。「その土地を子供たちと耕しております。労働はわたしたちから三つの大きな不幸、つまり退屈と不品行と貧乏をとおざけてくれますからね」(p.456)
 
小説の最後にパングロスは、「もし君がツンダー・テン・トロンクの城を放逐されず、数々の不幸や災厄に見舞われなければ、今の幸福もなかったのだから、やはりこの世のすべてが最善である事は認めざるを得ないだろう」と議論を持ちかけるのだが、カンディードはただこう答えるのだった。「お説ごもっとも。けれども、わたしたちの畑は耕さなければなりません(Cela est bien dit, mais il faut cultiver notre jardin)。」
主人公カンディードの名前の意味は「天真爛漫」
 
私見:どんなことがあろうとすべてを任してしまい自分の思考を停止するのではなく、小さなこと(自分の畑を耕す)でもいいから自分の考えを信じて行動をすべきなのではないか。沈黙することは正しい選択か。ただ沈黙するだけでは悲しい。未来にむかって自分の足で歩くこと。自分なりの答えを見つけていく。自分で責任をもつ。最善説=安全神話(科学万能主義)にたいする警鐘。今回の原発事故から感じた教訓。カタストロフィー後における生きる力。

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