ヨブ記

リンク:ヴォルテール『カンディード或は楽天主義説』・押井守『イノセント』・宮崎駿『もののけ姫』

ウィリアム・ブレイク「ヨブに襲い掛かるサタン」
ウィリアム・ブレイク「ヨブに襲い掛かるサタン」

ヨブはウツの地の住民の中でも特に高潔であった。彼は七人の息子と三人の娘、そして多くの財産によって祝福されていた。ヨブが幸福の絶頂にあった頃のある日、天では主の御前に「神の使いたち」(新共同訳)が集まり、サタンも来ていた。主はサタンの前にヨブの義を示す。サタンとてヨブの義を否定することはできないが、サタンは、ヨブの信仰心の動機を怪しみ、ヨブの信仰は利益を期待してのものであって、財産を失えば神に面と向かって呪うだろうと指摘する。サタンの試みは、ヨブの無償の信仰及び無償の愛の世界観の否定である。

神はヨブを信頼しており、サタンの指摘を受け入れて財産を奪うことを認め[2]、ただし、命に手を出すことを禁ずる。サタンによってヨブは最愛の者や財産を失うが無垢であり罪を犯さなかった。サタンは最初に敗北する。サタンは、試みが徹底していなかったため、今度はヨブの肉体自身に苦しみを与えようと、再度神に挑戦をする。サタンは神を挑発して、さらにヨブ自身に危害を加える権利を得て、サタンによってヨブはひどい皮膚病に冒されてしまう。

当時の社会情勢下では、皮膚病は社会的に死を宣告されたことを意味し、ヨブは灰の中に座っていた。ヨブの妻まで神を呪って死ぬ方がましだと主張するようになるが、ヨブは次のように答えて退ける。

「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。

 

神とは、喜びを与える者でもあり、苦しみを与えるものでもある。神の行いはすべて無情なもの。そこには何の感情もない。与えられたとせよ。通常の因果関係では説明できない出来事。一般的な理解を超えた世界の存在。世界に対しての理解を単純かすべきではない。今までの法則では通用しない世界を考える。

 

すべては神によって与えられたのだから、すべてを返すのは当然。

 

試練をためす神への対抗。そもそもサタン誘いに乗った時点で神は負けている。

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