デュシャン『グリーン・ボックス』

1913-14年の『ボックス』については、ちょっと違います。私はそれを箱としてではく、メモと考えていました。一冊のアルバムに、ちょうどサン=エティエンヌのカタログのように、計算とか、たんに何の脈絡もない考察を集めようかと考えたのです。それは引きちぎった紙きれのこともあった・・・。私はアルバムが『ガラス』とともに進行し、『ガラス』を見るときに人々が参照できるようなものになることを望んでいました。私自身は、『ガラス』は美学的な意味で鑑賞されるべきものではない、というつもりでしたからね。本を参照し、両方をあわせて見るべきものだった。二つのものの結合によって、私が好まなかった網膜的な面がすっかり取り除かれるのです。非常に論理的な考えだった。(カバンヌ「デュシャンは語る」)

 

三次元の物体によって影をつくることができることはわかっていましたから、―それはどんな物体でも、太陽が地面の上につくる射影のように、二次元になります―、単純に知的な類推によって、私は四次元は三次元のオブジェに射影されるだろうと考えました。別な言い方をすれば、われわれが何気なく見ている三次元のオブジェは、すべて、われわれが知ることのできな四次元のあるものの投影なのです。これはちょっと詭弁めいたところもありますが、とにかくひとつの可能性です。私はこれをもとに、『大ガラス』の中の「花嫁」を、四次元のオブジェの投影としてつくったのです。(カバンヌ「デュシャンは語る」)

 

デュシャンは多くの構想ノートをとり、それに基づいて「建築家のように」厳密に作図して《大ガラス》を制作していった。それは、芸術的というよりも職人的と呼ばれるような態度である。それゆえ、構想ノートと視覚的産物としての《大ガラス》は、一方が他方の解説あるいは図解なのではなく、メディアの異なる等価物として存在しているのである。デュシャンはそのノートの集積を《大ガラス》と同じタイトルとつけて(通称《グリーン・ボックス》)1934年に出版した。この《グリーン・ボックス》をもとにすれば、デュシャンでなくとも《大ガラス》を制作することは可能なのである。実際、世界中で四つのレプリカが制作されている。(国立国際美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」)

 

何もデュシャンがつくった制作物とまったく同じように制作する必要はない。というより、未完であるということと、ガラス面に亀裂が入っているということを考えても完全に同じものを制作することはでいない。同じものをつくるより、新たな「大ガラス」可能性を、別のあり得る形の可能性を制作の目的とする方が刺激的ではないか。それはデュシャンを越えた世界が広がる。グリーン・ボックスを関数と考えて、それを読み込む制作者が別の解(可能態)を求めることの方向性。

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