村山知義

リンク:関東大震災シュビッタース「メルツバウ」 、バラック装飾社、バロック

1913年(大正2年)、東京の私立開成中学校入学。母の師であった内村鑑三に師事し、キリスト教に心酔。反戦を主張するキリスト教への信仰から同級生に身体的な暴力を受け、また学内で同期であった戸坂潤らの影響によりショーペンハウアー、ニーチェなどを紹介され、熱中、最終的にはキリスト教を棄教する。1922年(大正11年)1月、処女出版の童話画集『ロビン・フッド』(婦人之友社)刊、ベルリンへ出発。表現派、構成派の美術、演劇、舞踊に魅せられ学業を断念。1923年1月帰国。7月の初め、門脇晋郎、大浦周蔵、尾形亀之助、柳瀬正夢らと前衛美術団体マヴォ結成。7月28日から8月3日まで、マヴォ第一回展覧会が浅草の伝法院にて行われる。7月機関誌「Mavo」創刊。9月1日の関東大震災で都市機能の壊滅に遭遇し、バラック建築の設計にも関わった。マヴォ理髪店、バー・オララ、吉行美容室(吉行あぐりの店)などが知られ、今和次郎のバラック装飾社とともに震災後の建築界で異彩を放った。1925年7月今東光らと『文党』創刊。この頃より次第に前衛芸術運動からは遠ざかった(9月22日朝刊の『東京朝日新聞』、「学芸だより」に村山のマヴォ脱退の記事がある)。

 

MAVO(マヴォ)とは、日本の戦前のダダ(美術系統)のグループ。日本のダダ運動の先駆をなす。

そのメンバーは、柳瀬正夢、村山知義、尾形亀之助、大浦周蔵、門脇晋郎の5人で、関東大震災前の、1923年7月に結成。マニフェストを出して、自らを「マヴォイスト」と称した。同名の雑誌を1924年に創刊し、1925年までに7号を刊行した。グループも、1925年にはなくなっている。

このグループは、絵画よりも、むしろ他の分野を重視し、立体作品(彫刻)、建築、広告・デザイン、演劇、ダンスなど、幅広い活動を行った。また、同時期の「三科」や「アクション」との協働も行っている。

 

「村上が帰国後最初に着手した仕事のひとつに、自体の改築、それ以前に建てた「たった千円の家」に新たにあとりえを増築して「三角の家」にする建築的な仕事があった。村山が1923年6月に二回目の個展を自宅で開催している。このアトリエは母屋の南西に増築した部屋で、作品の展示スペースであり、また「マヴォ」同人たちの会合の鳩もなった。しかし、もっと重要なことは、このあとりえそのものが、芸術家の家として、造形的な作品としての一面を保持したてんである。ちょうどコラージュから三次元的な構成へと歩をすすめた先に、このアトリエ空間がたち現れるのである。その空間はまさしく意識的構成主義にふさわしく雑然としたものであったようだ。妻、籌子の証言によれば、そこは「まるで工場のように荒れ果てている」し、「壁には、壁画だの意識的構成主義の、髪の毛だの、コンクリートだの、切だの、人形だののぶらさがった絵が一杯けて」あり、なんでもかんでも「蓄めこんであるから、物置みたやうで手がつけられない」という、まことに混沌としたダダ的な様相を呈していた。がらくたが詰め込まれたアトリエは、村山の構成的な作品と同じように、すぐにクルト・シュビッタースのメルツバウを想起させよう。(五十嵐利治『大正期新興美術運動の研究』)

 

『都市のあらはれの芸術的方面(美観と云っては語弊があります)に関する私の要望を申し上げれば大略左の通りです。

原理 1.無限の形と色とがあるべきこと。2.即ち形成的表現の無限の段階と範囲とを抱擁すべきこと。

注意 1.市民的な単一さは、それ故最も憎むべきこと。2.目下の急務としては、ロココ、バロック、及び表現派以後の形成芸術的要素を出来るだけ豊富ならしめること。何となればこれ等の要素が最も欠乏しているから。3.上掲の原理は意識的構成主義者にしか解らない。それ故、都市の芸術的方面の創作者が意識的構成主義者であることがすべてに先立つ条件である。』

 

村山知義『1924年(大正13年)、3月3日、東京都復興局が出来、震災後の復興を目的に、帝都復興創案展覧会が企画されている、という話しを聞き込んだ私はマヴォの高見沢、住谷と三人で、当時最も有力な建築家だった中条精一郎氏の駒込のお宅を訪ねて、その創案展覧会に、画家の仲間にも部屋を買い、画家の立場からも創案を出品したいということを提案して、快く容れられた。』

 

『あらゆる構図的絵画はおしまいで、構成的作品の時代が来たが、それも効用のない陳列展観用のお目見得式作品はおしまいになってしまったとすればあとに残るのは建築以外にない』

『建築を実用芸術とする考えを排するのみではなく、建築こそ新時代の芸術であり、究極最上の芸術だとする』

『建築をして翻って現代精神のメルクマールたる「工業」を体現せしむること』

『来らむとするコミュニズムの時代の相の幻を表現せしめること』 

『構成派を差し挟んで前後に、ネオ・ダダイズムがなければならにのだ。今のこの資本主義の日本で、芸術の産業化を叫んだところで何になる。』

 

(wikiより)

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