岡本太郎2

「我々が伝統と考えるものは己の外にあるのではない。それは必ず自己×過去である。己というものを土台にし、常にそれを通して過去を見るのだ。そして我々は決して正直に見ているのではない。己のテンペラメントに符合させ、都合のよい面だけを取り上げる。云い変えれば意識、無意識に、己の与えられた市を正当化する為の努力が全面的にはたらくのである。私はそれが悪いと云うのではない。実施に、自己を外にして成立つ伝統というものは決してあり得ないからである。

 伝統とは何らかの形に於いてそれに己を賭すものであり、主体的にあるものである。だからこの場合自己は最も積極的な動機である。自己が先鋭化すればするほど却って断絶の相貌を呈し、そこに殿津はyり激しく、豊かに弁証法的に受け継がれる。ところで所謂伝統主義者達は自己を賭けるものではない。伝統という既成の観念によりかかり、却って己を消し去る。そして恰も不動不変の伝統という権威があるかのように振る舞うのである。ここには大きなごまかしがある。伝統の実体が何であるのかは、実は彼ら相互の間でも個々の功利性が働いて全く混乱しているのだ。しかし彼らは「伝統」という錦の御旗をかかげ、それを狡猾に利用して新しい時代の動き、つまり真に伝統を推し進めるものに対して必ず反動的に働くのである。「わび」「さび」「渋み」等の封建的な奴隷的諦めの気分を基底とする「味」の世界を有効な伝統の如く主張し、蒙昧にも芸術の新鮮な動向を否定しようとするのは、まさにそれである。

繰り返して云うが、伝統とうものは決して展純な過去ではなく、却って現在的なものである。そして不動不変ではない。むしろ常に変貌し、瞬時も同一ではない。動的にこれを把握しない限り、主体的に生かし、推し進めるっことは出来ないのである。

時代遅れの伝統意識にこだわって縄文式を異質なもの、無縁なものと考える必要はみじんもない。それが我々の直系の祖先によって作られたものであとうが無かろうが、何の意味もなさないのである。とかく封建的意識、習慣から血統というものを神秘化し、絶対的な因子であるかのように考えるのは全くナンセンスだ。我々の血液は複雑な混血であり、直系の祖先を求めることなど不可能である。

むしろ、あの原始的逞しさ、純粋さ、つまり人間に於ける根源的情熱を今日我々のものとし取り上げて、豪傑、不敵な表情を持つ新しい伝統をうち建つべきである。それこそ日本に於けるアヴァンギャルドの大きな課題ではないだろうか。」(『縄文土器論』より)

歴史がフラットではありえない。

「伝統とは何か。それを問うことは己の存在の根源を掘り起こし、つかみとる作業です。とかく人は伝統を過去のものとして懐かしみ、味わうことで終わってしまいます。私はそれには大反対です。伝統―それはむしろ対決すべき己の敵であり、また己自身でもある。そういう激しい精神で捉えかえすべきだと考えます。

 過去といっても、過ぎ去り、すべて終わったものではない。

「伝統とは何か。それを問うことは己の存在の根源を掘り起こし、つかみとる作業です。とかく人は伝統を過去のものとして懐かしみ、味わうことで終わってしまいます。私はそれには大反対です。伝統―それはむしろ対決すべき己の敵であり、また己自身でもある。そういう激しい精神で捉えかえすべきだと考えます。
 過去といっても、過ぎ去り、すべて終わったものではない。自分の責任において創造的に見かえすできだモメントなのです。自分の全存在で挑み、新しくひらくものです。過去は自分が創るのです。ちょっと異様な発現に聞こえるかもしれませんが。そのようにして瞬間瞬間に創られて行く過去だけが、生きて、伝統になるのだと私は思っています。 」

「だが嘆いたって、はじまらないのです。今さら焼けてしまったことw嘆いたり、それをみんなが嘆かないってことを嘆いたりするよりも、もっと緊急で、本質的な問題があるはずです。
自分が法隆寺になればよいのです。
失われたものが大きいなら、ならばこそ、それよりもっとすぐれたものを作る。そう決意すればなんでもない。そしてそれを伝統におしあげたらよいのです。」

「現在はあらゆる様相で主張している。無数の実験があり、表現があり、真面目んもの、インチキもある。明日、あさってふるい捨てられるものも、また逞しく永らえるだろうものも、勿論まじっている。それが現在なのだ。その中で何が本当に伝統として残るのか、そんなことは現代人、その時代に生きているものには、全く解るはずはないのである。それは次につづく時代のものに問わなければならない。しかし問う必要はない。現在は未来に残るものとして価値があるのではなく、すべて現在に賭けた実験である。それらはすべて必要で、存在理由がある。今日に意義のある実験は、われわれにとっての価値だ。誰が実験を残るものとしてやるだろうか。失われたも構わない、それが現在だ。そして更にそのとき問題をひらき、次の実験の土台になればそれでもよい。もしそこから伝統として次代に受けつがれるものがあったとしたら、それは他の無駄になった無数の実験に支えられ、その条件、土台の上にあるはずだ。後の世なんか考慮して作られるものに、、残ったためしがない。もし伝統といものが、私が先ほど言ったように現在に生き、価値づけられるものだとするならば、ここでわれわれにとって伝統の問題はすっかり様相を変えてしまうだろう。それは何も日本の過去にあったものだけにはかかわらない、と考えた方が現実的ではないか。なにもケチケチ狭く自分の承けつぐべき遺産を限定する必要はない。どうして日本の伝統というと、奈良の仏像だとか、茶の湯、能、源氏物語というような、もう現実的には効力をうしなっている、今日の生活とは無関係なようなものばかりを考えなければならないのだろう。そういう狭い意味の日本の顔だけがわれわれの伝統じゃないのだ。ギリシャだろうがゴシックだろうが、またマヤでもアフリカでも、世界中、人類文化の優れた遺産のすべて、ーその中のどれをとってどれを取らないか、それあ自由だ。われわれが見聞きし、存在を知り得、何らかの形で感動を覚え、刺激を与えられ、新しい自分を形成した、自分にとっての現実の根、そういうものこそ正しい伝統といえるだろう。」(岡本太郎『伝統とは何か』より


「このように現代に生きている人間が、激しく共感し、それによって現在的に問題を推し進めていく。そのときはじて、不当に忘れ去られた過去が生かされ、伝統になる、と私は信じている。過去によって現在があるのではない。逆に現在があって、はじめて過去があるのだ、というふうに考えるべきだ。そういう手続きを、とかく人は見誤っている。だれでもが、自分の現在、その生命力と情熱から過去をつかむ。それが伝統だ。」(岡本太郎『伝統は何か』より)

「われわれは現代の文化芸術にひろい大きな視野をもっている。その最尖端の問題を口にする。今日の芸術が果たさなければならない役割も知っています。だが純粋な形でそういうものを結晶させ生み出すには、あまりにも生涯の多い、雑ぱくな世界に生きていることも確かです。たとえどんなすばらしい夢を描いたとしても、―それは自由だし、結構だ。だがわれわれが毎日生きていながら皮膚の表面に感じとっているものは、隣のおかみさんのツラであったり、小便臭い横丁であったり、そいうわけです。
そういうものに対する憎しみとか哀れみ、滑稽、―この何ともいえない、ライスカレーの中にお汁粉とチーズとチャーシューメンをごちゃごちゃにかきまわしたような、そいうすべてをひっくるめたものがわが風土なのです。
それはここでしか通じない。つまり、あまりにも日本的であり、一定の場所の、その瞬間におけるローカリティ、まったく局部的な特殊現象であるにすぎません。雄大な、無限に豊かな過去の昇華された世界に対して、それは実際つまらないし、バカバカしいともいえるでしょう。
そういう特殊な現実、世界にたいしは何の関係もない、芸術・文化の地層とはおよそかけ離れた環境、その条件と日々にわれわれは対決しているし、いなければならない。いかにその局地的な現実がナンセンスで、チマチマしたやりきれないものであっても、これを中傷し、捨て去ることはできないのです。その悩み、悲しみ、苦しみ、喜び、それは一人一人にあたえられたのっぴきならない事態であり、また一つの共同体、民族にはめられた枠になっています。
もしわれわれが世界に向かって創造しようとする時には、このパティキュラーな現実にまともにぶつかり、そこを通して実現しなければ嘘だ。事実、不可能なのです。この特殊性、不利な条件こそ逆に可能性への鍵です。だが多くの作家は、この困難な矛盾の道をむしろ軽蔑し、避けてしまう。モダーニスト、にせものが栄えるゆえんです。」(日本の伝統)

「私の言いたいことは、現在、すべての実験が可能であるということだ。当然、それは危険だ。だから悪いんじゃない。危険だからこそ、やる。生甲斐なのだ。己の責任に於いて決断し、実行すること、それが直ちに芸術にかかわってくるのである。
ところが何処へ行っても、自分自身は棚に上げて、美しいものとか、完成したもの、味のあるもの、公認されたものが芸術であるように錯覚している。
自分達のもり上がりがなくて、爛熟した文化の上ずみだけを、小器用に、美・芸術として受け入れてしまう。その受け入れ方の要領のよさだけが、一種の民族的な素質として久しく身についてしまってないか。

結構なものはいつでも、外国から貴族階級、上層指導階級に受け入れられ、その高みから国民に恵みくだされた。生活からもり上がり、創り出されるのではなく、外から、また上から与えられる。そういうものだけが、つまり文化・芸術だという考え方が日本人一般の常識になっている。前にいった地方文化意識の卑下感は、こういうところに伝統的に根ざしているのだ。民族の第二の天性にさえなっている。が、かつてそうであったということが、これからもそうでなければならないという理由には絶対にならない。今日われわれの対決している問題、世界は、過去のそれとは全く異質であり、はるかにひろく、きびしい。われわれの精神も当然それに対応して変わって行かなければならないのだ。

伝統と創造というこの二つの不思議な魅力。そして両者は強烈に相反撥する。その対極的な緊張感の中に、私は芸術家としていきる充実感をおぼえるのだ。
伝統なしの創造はない。しかしまた創造ぬきの伝統はないというのが信念である。だから私は激しく発言するのだ。どうして、伝統を信奉する人達―社会の指導層にある二と達がほとんどそうである―が純粋な創造の営みをはばもうするのか。
今日の「実験」、明日には、価値として残るか残らないか解らない。それはどうでもいい。しかし、今これをやらなければ、明日はないのだ、そういう情熱と責任において、やる。「実験」というのはそういうものだ。己とすべてをかけて実験しなければならない、その純粋な戦いと苦しみ。

すべての文化活動に、伝統の問題が強力にかかわる。人間のあらゆる歴史的行為が伝統になる。現在のすべては、過去の宿命を負うているし、また未来に向かって投げられている。たとえいかに過去と断絶しているとしても、断絶という行為を契機として過去を荷い、それ自体たま直ちに伝統になるのである。

珍しいもの、変わったもの、るまりエキゾチックな対象として見る場合と、自分に無いもの、知らされなかったものに対する新鮮な感動と。この二つは混同されやすいが、まったく別種の精神状況なのだ。

彼(外国人)らに指摘され再認識し、親しく見られてきたものでも、あらためて新しい角度から眺めれば、別個の感動がおこる。彼らと同じように、おそらくそこに近代的な美を発見して感動するかもしれない。しかし、それは決して彼らが見る場合と同じプロセスを通過することはないだろう。新しく掴み取るためには、そこに到るまでの永い歴史、ありあまる類似の形式、つまりわれわれがふだんの生活において、もおう沢山というほど押しつけられ、絶望し、そして否定してきた、それらのすべてを処理し、通り越して、そこに達しなければならないのだ。つまり新鮮さはない。

さらにいえば、われわれに新鮮であり有効であるためには、それは、かえって切り捨てることによってしか生きてこない。つまり「日本美」としてではなく、逆にそういう観念を無効にすうるものとして出てくるのだ。
外国人のプロセスと正反対である。表と裏からそれにぶち当たっているのだ。つまり彼らが外側からそれを掴めば、われわれは内側から、なのである。したがってわれわれが甘い気分でジャポニカ調にひっかかったら全く不毛でありバカバカしい。このことは、今までの事実が証明している。
だから、彼らのいう良さがたとえ事実であったとしても、手続きに関するかぎりまったく逆であり否定すべきではないか。

日本人の立っている場所、その出発点のあやまりをはっきりとここで認めなければならない。他から見出され、押しつけられる価値を後生大事に守るのではなく、むしろ逞しく否定し、切り捨てて彼我に対して異質であるものにかけてゆくべきである。いわゆるパターンを否定し常に新しく前進し、創造してゆくのだ。これこそ近代造形の精神なのである。

たとえば西洋には美術史がある、こっちにもなくちゃ、という訳で、向こうの形をしき写して、それらしきものを作り上げた。アプリケーションにすぎない。廃仏毀釈の明治初期にほとんどすて去られて顧みられなかったお寺や仏像などが、西欧文化史のギリシャ・ローマの彫刻にあたる、という訳で突然日本芸術の根源みたいにまつりあげられた。そんあら桃山器はさしずめルネッサンスだ。これはウマイ。…ひどく便宜的で、そこに一貫した世界観、芸術観が貫かれているわけではない。ただ当てはめて、並べた、よく考えてみれば、まったく三題噺みたいなものだ。あわてて形式だけをペダンティックにつあんぎ合わせたものでも、しかし文部省が公認して権威になると、教材として、無批判に、ウムをいわさず国民に押しつけてしまう。何のこったかよくわからないけれど、結構なもんだ、そうきまってるんだから。…まことに味気ない。だがこの国では、学者、芸術家、文化人、すべてが官僚的雰囲気のなかで安住しているので、一遍決まってしまったことはまた、どうにもならないのである。
だが、人工的に制定されたスジが権威づらしても、伝統としての本当の力をもたないのは当然だ。古いものに惰性的であるくせに、日本人が意外にも伝統に対して消極的なのはそのせいだ。「伝統」は大衆の生活とは無関係、そのもり上がりなしに作り上げられたのだ。官僚が制定したものだけが権威的伝統だなんて、そんな屈辱的な、ナンセンスはない。それでは、われわれ自身にとっての伝統とはいったい何だろう。
私は「伝統「」を、古い形骸をうち破ることによって、かえってその内容―人間の生命力と可能性をたくましくうちひらき、展開させる、その原動力と考えたい。この言葉を極めて革命的な意味でつかうのだ。
因襲と伝統とはちがう。伝統はわれわれの生活の中に、仕事の中に生きてくるものでないければならない。現在の生甲斐から過去を有効的に捉え、価値として再認識する。そのときに、現在の問題として浮かび上がってくるのだ。古いものは常に新しい時代に見かえされることによって、つまり、否定的肯定によって価値づけられる。そして伝統になる。従って伝統は過去ではなくて現在にあるといえる。
だが今まで「伝統」はもっぱら封建モラル、家元制度、閉鎖的な職人ギルド制の中で、因習的に捉えたれてきた。そしてさっきも言ったように、アカデミックな権威側の、地位をまもる自己防衛の道具になって、保守的な役割を果たしているのだ。

もし伝統とうものが、私が先ほど言ったように現在に生き、価値づけられるものだとするならば、ここでわれわれにとっての伝統の問題はすっかり様相を変えてしまうだろう。それは何も日本の過去にあったものだけにはかかわらない、と考えた方が現実的ではないか。なにもケチケチ狭く自分の承けるつぐべき遺産を限定する必要はない。どうして日本の伝統というと、奈良の仏像だとか、茶の湯、能、源氏物語というような、もう現実的には効力を失っている、今日の生活とは無関係なようなものばかりを考えなければならないのだろう。そういう狭い意味の日本の過去だけがわれわれの伝統じゃないのだ。ギリシャだろうがゴシックだろうが、またマヤでもアフリカでも、世界中、人類文化の優れた遺産のすべて、―その中のどれをとってどれを取らないか、それは自由だ。われわれが見聞きし、存在を知り得、何らかの形で感動を覚え、刺激を与えられ、新しい自分を形成した、自分にとっての現実の根、そういうものこそ正しい伝統といえるだろう。


 

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