京都国立近代美術館『映画をめぐる美術  ――マルセル・ブロータースから始める』アーティスト・トーク田中功起

 この展覧会の関連企画であるアーティスト・トークに行ってきた。作品の話をしてくれたのは出品している三人の作家でした。田中さんの作品や発言は以前から気になっていたので楽しみにしていました。できればいくつか質問をしたいと思い、時間をもってもらえるかと待っていたけれども、残念ながら質問タイムはありませんでした。

 なので、質問ができなかった欲求不満ということもあり、「あなたはあたな自身の言葉によって復習される。ぼくが口にした言葉がいつしかぼく自身に返って くるように。だから、あなたが思ったことは、あなた自身の言葉で、臆することなく素直に語ろう。」という言葉に自戒とともに励まされたつもりで僕が感じた 感想と疑問を書きたいと思う。

 田中さんはこの作品展示をおこなうにあたって考えたテーマのひとつが「介入」であるという。美術館への介入 として、正面の階段を昇る途中の踊り場、会場内にある休憩室やエレベーター前の出口の空間であったりと通常、美術館が展覧会をするときに使用されることない場所をあえて、展示場所に選んだとのこと。また、会場に設置しているソファーにかんしても、もともと会場内に設置しているものではなく、美術館関係者が利用していた 備品をわざわざ会場内に持ち込んだとのことだと説明していた。ソファーだけでなく、映像作品を映しだしているモニターの周りに展示台のような備品をインスタレーション風に設置していることも同じ試みだと捉えることができる。

 美術館にとって余白や余分なものというのは、鑑賞者の目に晒されることのない場所や物品であって、あまり意識することはない。田中さんにとっては美術館の隙間をねらって視覚化することを意図しているのだろう。美術館の側から言えば、できれば見せたくないもの。それは邪魔な存在であって、美を鑑賞する上で隠れていいなければならないもの。美術館というのは、美術を成立させるときに それに疑いを鑑賞者に抱かせないように細心の配慮によって(美術的、作家的)権威を組み立てようとする。いわば田中さんの美術館の慣習に介入する試みは美術館に対する批判であるだけでなく、作家である自分に対しても同時に批判する。

 『質問する』の本のなかで、「作品が展覧会というフォーマットから演繹的に決定されている、アーティストのみなさんは、この規制をどのように乗り切るつもりなのか?」との文章があり、田中さんが美術館の制度に意識を向かわせようとするのはこの質問に対してどのように答えるべきかと念頭にあるからでないだろうか。美術における自立性の問題として。

 余白や余分といったときに、注意しなければならないのは、決して完全に外部ではないということ。その内と外の間にある境界線。出国審査を終えて出たトランジットゾーンみたいなものだ。機械の操作なんかでスイッチをオンオフする場合に、急激に操作が変更されないようにニュートラルな空間のことを「遊び」というけれども、シラーが『人間の美的教育について』で「人は遊びの中で完全に人である」というように、人にとって遊び=美術は本質的なものなのかもしれない。田中さんの作品に遊び的要素が含まれていることは多くの人が感じることだ。フロイト的に欲動の断念が文化発生の根拠だとすれば、断念=欠如(余白)に田中さんの視線が向かうのは当然だといえる。

 そもそもヨーロッパにおける近代美術の成立過程をみれば、その自律的主体性の確立は社会の隙間に生み出されたようなものであって、近代の鬼子たちは私たちに現実を突きつけてくる。そのことを感じた映像作品で、犬にオブジェ作品を見せるというのがあり、快楽原則に従って生きる動物(犬)において欠落するものは存在せず、よってその代替物としての文化を持つ必要のない犬に対して作品(文化)を見せる行為は、犬にとっては不必要な物を持たざるをえない人間の不完全さを表しているように感じた。あるいは、犬を鑑賞者に見立てた田中的アイロニーである可能性も否定できない。 それは美術が、人々に美的感動を与えるということに役割があるのではなく、人間にとって見たく無いもの、排除したいもの、しかしそれを切断したら人間としての存在そのものが危うくなるものとして、その道化的な意味を持ち合わせいているのかもしれない。

 やはり、一番見たかった作品はヴェネチア・ビエンナーレに出品した『a poem written by 5 poets at once』だ。この作品は、五人の詩人がひとつの詩をトライ・アンド・エラーを重ねながらつくり上げるまでの過程を映像作品にしている。それぞれは詩 人として個人で活動しているため、自分なりの表現方法を抑制して他の詩人と協働で葛藤をともないながら作品を作るのは苦痛だったと思う。ここでも、詩人がほかの詩人から介入されるということでは、今回の展示のテーマに沿っていると考えることができる。

 他者に介入されたながら協同的に制作をすすめる映像は、ヴェネツィア・ビエンナーレの受賞理由として「協働とその失敗に対する深い考察」であることが指摘されている。その「協働」という言葉を考える前に、まず「所有」することとは何かということを理解する必要があるだろう。この所有することは、ある意味において近代美術を支えてきた概念で「固有性」「独創性」「オリジナリティ」「作家性」であること指し、自分自身の感性によって生み出すことを求められる。こういった側面から美術を解釈すれば 彼がなぜ協働であること主張するのか理解する一助となるだろう。「協働性」を主張するのは、「所有」に対して批判的に考えていると捉えられることができる。

 しかし、実はここで注意をしなければいけないと思うのが、「共有」するとことと違うということだ。共有とはあるものをそのままの状態で多くの複数の人と所有するという意味合いが強く、受け取るものの価値はあらかじめきめられているように思う。協働というは、どちらかと言えば、ものに対して複数の人によって変化を与えるように能動的に働きかける行為であって、それに働きかける方法すら決められていない感じがする。彼が求めているのはもちろん後者であって、もしクオリティを高めて最終形態としてひとつの詩をつくろうとするならば、いきなり作ることだけを詩人たちに指示をすることはないだろう。不安定なルールのもとでできた詩作品は結局は妥協の産物として失敗することは予想される。田中自身はそれをおそらく想定しているはずだ。

 ヴェネツィア・ビエンナーレでは震災以後という文脈から協働性を感じたことと、震災が起きたときは海外にいて非当事者だったということもあり、余計に 日本で起きたことできことを深く考えたのだと思う。3.11を語るときの根拠として当事者であるかどうかということを批判する人がいるが、そういった人たちはいずれはそのことについて非当事者が多くなること考慮していない。当事者以外の人間に歴史を語る資格はないのか。そこで起きた震災や原発は被災者であろうとなかろうと、日本人であろうとなかろうと受け継ぎ言葉を発言しつづける必要がある。その時に必要となってくるのが、具体的に詳細に当事者しか語れない事実だけでなく、だれもが共有できる抽象的な言葉にする必要がかならず求められるし、彼はそういってことも含めて美術作品に落としこんでいるのだと思う。

 震災における協働性ということを思い出すのは、ソルニットの『災害ユートピア』という本だ。人智を超えた災害が起こった時に、無秩序になった社会の中で人々は、ホッブスの考える自然状態「万人の万人に対する闘争」が生み出され、生存競争に打ち勝つために力の強い人間だけが生き残る暴力的な世界が現れると 考えがちだが、今回の被災地や、他の災害場所においても暴力的な世界と実態とは大きくかけ離れていると指摘する。大災害が起きたときに、人々は危機的状況に対してよりいっそう共同体を維持しようとする。そこではすべてが失われた社会のなかで協同的に働きかける人類の行動パターンが見られる。逆にこういった 大災害における人々の一体感というのは、同調圧力的に作用し、かえって人々にナショナリストな結束力を求めがちになる。ある人はその状態を「災害ナショナ リズム」と言っている。

 実は彼が協働性のことを語ったときの違和感というのは、協働であることの圧力を感じたことだ。そのことについて 疑問があったので直接、質問をしようかと思っていたのだけれども、彼が話のなかで協働で作ることの欺瞞性を指摘したときは、やはり違和感は彼自身も感じていたことだった。協働でつくることは、民主主義的の社会のなかにあって理想的な関係性を築いていると表面的には見えるけれども、詩人たちの発言の端々に言 葉では「協力して作りましょう」と言いながら行った本人がリーダー的な主導権を握ったり、妥協しているようにみえて妥協していなかったりしていて、眼に見 えない駆け引きが繰り広げられていると話していた。彼はそれは民主主義の危機でもあり、選挙の時に発言していた言葉が少しづつずらされ、人々が思い描くよ うな政治とはかけ離れていることがおこなわなれていることと同じだ語る。

 「多様性」といえば美しく聞こえる。この言葉は美術館が展覧会をするときの大義名分としてよく使われる。そこでは多様な表現が実現しているように見えるかもしれないが、その多様性が担保されているのは美術館という制度でしかないということ。しかも、作品を選択している以上、選ばられなかった作品ももちろん 存在するはずで、こぼれ落ちた作品というのはほどんど視覚化されることはない。だからとって、無審査で作品を展示をしますといったところで、多くの人が考えるような相手の意見を尊重し合えるような世界が実現することはない。そこに判断基準がないということは、批判性を持ちえないということを意味するので あって、相手の意見を尊重しない表現であっても他人がその行為に対し反論することはできない。「多様性」を完全に許すということは「多様」ではなくなるという反転した状況があらわれる。

 映像をみていて気になったのは、映像の中に田中さんの姿が写しだされていることだ。自分の姿を隠そうとはしない。編集でカットすることはなく、一部が見切れている状態をそのままにしておく。どちらかと言えば、あえて映るようにカメラを回しているようにみえる。明らかに意図的に自身の姿が写しだされている。

 ヒッチコックが自分の映画に監督自らが登場するように作家本人の姿を映像に映し出す。映像の中では余分な要素であるにもかかわらず、あえてその姿を登場させるのは、まるでこの映像がフィクションでしかないと警告しているようにみえる。詩人たちも映像のなかで演劇的に振る舞う。

 演劇的な振る舞いに関してジジェクはヒッチコック論の中で「男と女が、まったく偶然から、あるいは外的な強制によって、無理やりくっつけられる」ことがあると指摘する。男と女は本当の恋人のように見せかける。抱擁したり、キスをしたり記号的な振る舞いはいつしか本当の恋に発展をする。偽装としての恋人たちが最終的に本当の恋に落ちたように、田中作品の映像の詩人たちに恋が成就することはあるのだろうか。

 フーコーがベラスケスの「ラス・メニーナス」を分析したようにその視線の交錯が田中さんの映像作品においても見られ、鑑賞者の身体が主体と客体に引き裂かれ重層化されてる。映像の中の詩人それぞれに感情移入することでうみだされる視線。少し引いて詩人たちがひとつの詩を協働で制作している状況を俯瞰した視線。その状況の成り行きを沈黙しながら見つめる視線。この映像を見る鑑賞者の視線はカメラが切り替わるごとにズラされていく。

 生徒を後ろから見つめつ教師の視線と同じように、後ろから見つめる作家の視線は権威的なものを感じる。参加者の詩人たちは見られることを意識しながら、作家の監視下(父の視線)において詩作をすることを強いられる。詩人たちは個人で詩を考えるときには、きっと詩を作ることだけに没頭するだろう。もし複数の詩人の間で作る場合には相手の詩人の思考(視線)を考慮(協力する、相手を出し抜くなど)に入れながら、詩を作ることを取り組むだろう。しかし、この映像作品においては、作家の視線ともう一つの眼差しである鑑賞者の視線も入り込むことになる。詩人は複数の視線による求めに対して期待通りに応えようと自己の振る舞いを決めていこうとするだろう。このなかで詩人は複数のパノプティコン的視線のもとにおいて拘束された状態でパフォーマティブに詩作をすることを強いられるということもできる。そこには「監視する眼」と「見られる主体」が存在する。

 田中さんは作品の参加者が協働的に振る舞うように設定、演出をおこない、参加者同士が邪魔をするわけでもなく、 遠慮するわけでもなく、なんとなくそのなかで作業を行いながら場を組み立てていくように感じられる。しかし、ここで表面的だけでも相手を尊重し あって協働で作業をしているのは、田中さんや鑑賞者の視線がそかに介在しているから、かろうじて秩序をたもっているにすぎない。ルールを決めない状態で、 その視線がなければ破綻することは目に見えている(というか、そもそも協働で詩作をすることはない)。それは作家の威圧的な視線によって参加者たちによっ て成立させられいるといえるだろう。

 そこでは映像作品つくることを前提として、協働的に詩作を行うというルールを外れないことは共有されている。だとしたら、協働であるといことをメタレベルに敷衍するとして、その作品の設定、演出そのものの協働性の可能性というはないのかだろうか。例えば、出演者が決められた行為とは違う行動を行ったり、その行為自体を拒否したり、あるいはルールそのものを変更を加えたりするなど。作品の中にはそういったことは視覚化されていなかったように思う。作品の「所有」ということを考えた場合、映像として提示された作品は田中功起の作品であることは揺るがない。しかしもし、作品そのもののルー ルに対して参加者が協働的に関わってきたときに、特定の作家だけがクレジットされる根拠は不確かなものとなるだろう。

 

 また視線の違和感は作品内だけで完結するのではなく、鑑賞者に対しても向けられる。詩人たちの鑑賞者の期待に応えるような演劇的な振る舞いに鑑賞者の視線を逆照射させ、視線そのものを意識化させる。映像にときおり映るカメラの姿は、カメラを通して詩人たちを見ていることを意識化させ、それは夢のなかで自分の姿を見るような感覚と同じだ。そして作家の視線が詩人の行動を見ているだけでなく、詩人を見ている鑑賞者を含めた全体を父の眼で俯瞰している。

 作品が鑑賞者の視線によって成立するのではない。作品からの視線が鑑賞者としての振る舞いを求められている。確かに時間的にも空間的にも作品それ自体は鑑賞者の視線とかかわりなく自律しているということは疑えない。自律しているからこそその距離が意識化され、作品との間の余白に拘束された主体性があらわれる。

 最後に、震災と関わりのあることで、1923年に関東大震災が起きた時にそれを目の当たりにした民俗学者の今和次郎は、震災後に仮設に建てられた家に装飾することを思い立ち「バラック装飾社」という団体を作ります。若手の美術家とともに短期間の活動のなかで10軒ほどの作品を手がけたという。そういった今和次郎の活動に対して、若い建築家集団のメンバーから「装飾は建築の本質ではない」との批判されます。それに対して今は「装飾においてはそこでかもされる人々の気分である生活の伴奏として創作したい。」「装飾とは、人生が物質の表面に要求するところの何ものかである。」としてその場で生活をしている人たちの様式をそのままの形で捉えようとする。しかも、学者である今自身がその生活そのものに関わろうとしている(対象物に積極的に関わるということは学者としてはあるまじき行為)。その時生み出された作品というのは今和次郎の作品といえるのかどうかということは重要でないのかもしれません。

 

以上

 
(参考)美術館の備品や展示会場以外の場所をつかった展覧会で思い出すのが、西宮市大谷記念美術館で開催された藤本由紀夫の「美術館の遠足」です。 1997年から2006年までの10年間の長期プロジェクトということであるにもかかわらず、毎年一日だけしかしない展覧会がありました。

【イベント告知】

 

 

 

【ブログ更新】

 

 

 

(サイト内検索)