Statement

【ビビディ・バビディ・ブー(意味の変容)】

 

 

「イメージを出現させる至高者となることが類似の役割ではないだろうか。類似は、事物の特性などではなくて、思考の特性なのではないか」(フーコー『これはパイプではない』)

 

 

  イエスの変容は、弟子たちの前で突然、光り輝く。それはイエスが口にした「モーセ」と「エリヤ」の言葉をきっかけに変容がはじまる。しかし、恐れおののくひれ伏している弟子たちの前にイエスが何事もなかったよう(あるいは弟子たちの突然の行動に驚きつつ)に手を差し伸べる。変容を境目にして、いつものように接しているイエスの身体にモーセやエリヤがパリンプセストのようにオーバーラップすることで、過去の預言者と天からの声(最期の審判を司る)とがイエスを媒介(霊媒)にしてその身体に歴史が顕現する。変容前のイエスとその後の身体は外見上には少しも変化は見られないとしても、光り輝く姿を目撃した弟子たちにとって、変容儀礼を遂げたキリストの姿は以前のイエスではない。

 


 物には意味がある。不可分なものとして意味が物に内在しているからといって、物の意味以外に意味がないわけではない。物には多重人格のように意味が内在している。物の姿形がなんら変わらなくても、凶暴な性格が現れ、どこにでもいるのような人間が突然、神々しく光り輝くことだってありうる。物の意味が単一の性格しか覗かせないほうが珍しい。


 レコードにらせん状に掘られた溝に音がリニアに記録、定着されている。そこに針を落とせば音がスピーカーから空気を振動させる。ひとつのレコードには一つの音楽が存在していることを人は疑わない。しかし、複数の針を落とせば、その落とした数だけ音楽は存在することになる。それは無限に音楽をレコードに内包しているといえるだろう。針と針の時間的なズレは輪唱のような作用を引き起こし、ポリフォニックな波紋が音の渦となって積み重なっていく。トーン・クラスターと化したレコードの音は、人の制御から逃れるだろう。(トリスタン・ツァラ/同時進行詩)


 古代から伝わる呪文には、物の形を変化させる効果がある。呪文をかけられる前と後では物の見え方はまったく違う。呪文をかけられていない人にとっては今まで通りなんら変化が見られないとしても、かけられた人にとっては別世界の景色が広がる。その二人の立つ場所が同じでありながら、それぞれが住む世界はかけ離れている。作品のタイトルには呪術的な作用が備わっており、それは呪文が書かれた護符と言える。そこには以前の状態とはちがった状態に物を変化させ、それを身につけることで自己の潜在能力が増幅される。タイトルには作品の意味を変化(増幅)させる力が隠されている。呪文(spell)には「綴り」や「会話」、言葉と深いつながりがある。キャラクターにも「性格」「道徳」「文章」の意味がある。言葉によって世界が構成されているのなら、言葉によって世界をかえることも可能だ。呪文の一声でカボチャが馬車になることだって不可能なことではない。(ヴィトゲンシュタイン/語りえぬものについては、沈黙しなければならない)


 世界でもっとも有名な絵画であるダ・ヴィンチが描いた「モナ・リザ」にはひげが生えていたことを知っていただろうか(しかも静かな面持ちを見せている様とはちがって、性的に興奮している)。それは美術家の一言によって「ひげをそったL.H.O.O.Q(モナ・リザ)」であることをタイトルで知らされる。その事実を知ったとき以来、モナリザの顔を見るたびに、ひげを剃ったモナリザにしか見えない。その呪縛から逃れなれない。新たな呪文が見つかるまで、この魔法は解かれないないだろう(それは別の呪文にかかったことを意味する)。髭の生えないモナ・リザに戻れないことを知る。それは同じ対象物を見ていても、その事実を知った人とそうでない人とでは見ている意味に差異が生じる。物の意味の重なりの一つを引き出す効果が呪文(タイトル)の役割である。タイトル(呪文)をきっかけとして作品の変容は始まる。タイトルには物(作品)の意味を変容させる力があることを教えてくれる。


 物は同一性を保てない。物は意味が多重に同居する器だ。タイトルだけがその差異をかろうじて保証してくれる。 「いく本かの絵の具のチューブが一点のスーラになる可能性はアンフラマンスとしての可能なものの具体的<説明>となる」。「アンフラマンス」という響きは呪文のようだ。別の意味を物に無理矢理結合させたとしても、物の性格の多重性が現れるわけではない(スーラの絵画がいく本かの絵の具にであることを知らない。あるいは知らないふりをする)。別の意味を内在していることを教えるは呪文(タイトル)の掛け声である(アンフラマンスと唱える)。意味のつながりが意識の中で生み出されることによって、物の変容過程が始まる(スーラの絵画はだれもが手に入る絵の具によって成立していることを知る)。隠された意味を見つけ出す(あるいは、知っていたことを強制的に意識化させられる。あるいは自分を誤魔化せない)。恣意的に意味を付与したからといって、物の意味が多様性を表さない。「表現」とは新しい概念を生み出すことではない(ゼロからの創造なんていわないでほしい!)、それをすでに知っていたこと(レディメイド)を思い出させることがタイトル(呪文)の効果だ(別の意味が表に現れること=隠秘学)。

 

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